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Jochen Rueckert / Charm Offensive

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Mark Turner (ts)
Mike Moreno (g)
Orlando le Fleming (b)
Jochen Rueckert (ds)

Recorded: May 2, 2016 at Sear Sound, NY
Engineer: Chris Allen (Pirouet Records PIT3095)

漆黒の世界で繰り広げられる闇夜の饗宴

 相変わらずダークな音だ。ヒリヒリするような神経質さが聴き手の不安を煽り立ててくる。ハッキリ、過去作の延長線上にある音だ。全8曲すべてオリジナル。漆黒の世界で闇夜の饗宴が繰り広げられる。ドイツ・ケルン出身でニューヨークを拠点に活動するドラマー、ヨッケン・リュッカートが2016年にリリースした4枚目のリーダー作である。

 たまたま最近、個人的にコンテンポラリーじゃなく王道系のジャズをよく聴いているせいもあるのか、本作は彼のセカンド盤『Somewhere Meeting Nobody』(2011年、レヴュー記事はこちら)、サード盤『We Make The Rules』(2014年、レヴュー記事はこちら)とほぼ同じコンセプトでマンネリ気味に感じられる。コンテンポラリー好きにはおいしい音なのだとは思うが、これまで彼の作品を継続して聴いてきた身としてはちと物足りない。そろそろ転換期のような気がする。

 同じダークなコンセプトでも、前作みたいに救いようのない暗闇の世界をさまようような疾走感、スピード感がない。かと思えば前々作のように噛めば噛むほど旨味が出るビターな味わいもない。2、3作目とくらべ個性が薄く、小さくまとまっている。おなじみのメンバーにしても、今までと同じ路線に基づき惰性でやってる感じが伝わってくる。

 ギターのマイク・モレノはそつなくプレイしているが、2作目のブラッド・シェピックや3作目のラーゲ・ルンドのような突き抜けた感じがない。このテの路線をやるなら、モレノよりルンドのほうがハマってる感じだ。

 また珍しくモレノとマーク・ターナーの掛け合いがあるのだが(彼らはそういう予定調和を嫌う)、クールな彼らがまあハード・バップのように熱いバトルで燃え上がるなんてことはないにせよ、なんというか腹八分目で「まっ、これくらいでいいか」的な空気を感じてしまう。

 結論としてこのテが好きな人には及第点かもしれないが、これまでリュッカートが構築してきた世界にもうひと声プラスアルファがほしい人にはやや物足りない。次回作での新展開に期待したい。

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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Jochen Rueckert / We Make The Rules

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Mark Turner (ts)
Lage Lund (g)
Matt Penman (b)
Jochen Rueckert (ds)

Recorded: February 10, 2014, at Acoustic Recording, NY
Engineer: Michael Broby (Whirlwind Records WR4658)

苦み走ったダークな迷宮世界

 目隠しをされて断崖絶壁の上を歩かされているようなスリルがある。次の展開がまったく読めない。このダークな世界に終わりはあるのか? ニューヨークを拠点に活動する売れっ子ドラマー、ヨッケン・リュッカートがリリースしたばかりの3枚目のリーダー作だ。

 覚えやすいメロディがまったく出てこない。漆黒の闇夜を疾走するかのようなモーダルな演奏が続く。少しくらいキャッチーな部分を作ってわかりやすくしてもよさそうなものだが、「わかる奴だけにわかればいい」というのがリュッカート流のようだ。苦み走った旨みの利いた全9曲、すべてオリジナルである。

 メンバーはマーク・ターナー(ts)にラーゲ・ルンド(g)、またマット・ペンマン(b)と主役のリュッカートがリズム隊を組む。前作「Somewhere Meeting Nobody」(2011年、レヴュー記事はこちら)でギタリストを務めたブラッド・シェピックが、今回ルンドに変わっただけの同じメンバー構成だ。

 前作のシェピックはかなり自分の色を出していたが、本盤のルンドはいつもの彼と音使いがちがう。何か未開の領域に挑戦しようとしているかのようなプレイをしている(おそらくアルバムカラーに合わせたのだろう)。そのため凍えるように冷たい普段の彼のトーンとはまた別の不思議な味がある。

 かたやマーク・ターナーはいつも通りだ。ひらひらと蝶が舞うように軽やかなプレイをしている。それにしても今年になって彼の参加作を聴くのはいったい何枚目だろう? 次から次へと出る新作には決まって彼のクレジットがある。いまやキャリアの頂点にいるのは明らかだ。

 一方、マット・ペンマンも相変わらず。弾けるようにブンブン躍動している。バンドをぐいぐい前に引っ張る彼の推進力には目を見張らされる。主役のリュッカートは軽いドラミングだが、リーダー作とあって手数が多い。かなり自分を主張している。

 前作は本盤とくらべアレンジ比率がやや高かったが、今回はインプロヴィゼーションがふんだんに聴ける。各人のインタープレイが作品のおもしろさを構築している。ただしどこまでが譜面に書かれた世界で、どこからがインプロなのか判然としない部分が多い。そのぶん予定調和がまったくなく、次はいったい何が飛び出すかハラハラさせられる。

 ひと口めは苦いが、慣れるとクセになる味だ。リュッカートはコンポーザーとしても一流のようである。

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Jochen Rueckert / Somewhere Meeting Nobody

Jochen_Rueckert_Somewhere_Meeting_Nobody

Mark Turner (ts)
Brad Shepik (g)
Matt Penman (b)
Jochen Rueckert (ds)

Rec. November 29-30, 2010, at Bennett Studios, NJ
Engineer: Jason Seizer (Pirouet Records PIT3055)

難解な哲学書を読む楽しみ

 このアルバムの存在意義は、難解な哲学書を読む楽しみに近い。濃いブラックコーヒーのように苦く口当たりの悪いこの音を聴き、「誰かわかりやすく解説してくれよ」と悲鳴を上げる人もいそうだが、答えは自分の頭で考えるものだ。その思考の過程を楽しむのもまたオツである。

 スタイル的には、テナーとギターがユニゾンでテーマを奏でる典型的な今どきのジャズだ。ただしかなり不思議系の音であり、暗く沈鬱で思索的である。「テーマなんてどこにあるの?」的な楽曲も多い。なので数回聴いたくらいじゃよさがわかりにくいが、何度も聴くうち洗脳されて手放せなくなる。最初は取っ付きにくいと思っても、ぜひ繰り返し聴き込んでほしい逸品だ。

 主人公であるドラマーのヨッケン・リュッカートは、手数は多いがアタック感がさらっと軽い。そのため音数は多くても周りの妨げにならず、楽曲のよさが映えるし他の演奏者も引き立つ。その意味では全面的にフィーチャーされたサックス奏者、マーク・ターナーのクールで無機的な魅力を存分に楽しめる作品ともいえる。

 リュッカートはドイツ・ケルン出身の1975年生まれ。現在ニューヨークで活動中だ。本作は自身のデビュー・アルバム「Introduction」(1998)に続くセカンド・リーダー作に当たる。

 彼はカート・ローゼンウィンケルのレギュラーグループにいたこともあり、またドリュー・グレス(b)とともにマーク・コープランド(p)のレギュラートリオで数作録音している。本盤のベーシストであるマット・ペンマンとは、ドイツ人トロンボーン奏者、ニルス・ヴォグラム率いるグループ「ROOT 70」でもコンビを組んでいる。

甘さのない 「不機嫌さ」 がありきたりじゃない

 リュッカートのオリジナル9曲に、その他2曲の全11曲。聴き手を拒むかのように甘さのない、不機嫌さに満ちたラインナップだ。特にM-1、M-2、M-6、M-10が印象に残った。

 アップテンポな4ビートのM-1は、元祖・浮遊派テナー、マーク・ターナーの面目躍如たる楽曲だ。ブラッド・シェピックの草食系なギターソロと、マット・ペンマンのごつごつしたベース・ソロも堪能できる。

 M-2は、ふんわり膨らむミステリアスナなテナーが心地いい。シェピックのギターソロも不思議な面白さにあふれている。ペンマンはM-1と打って変わって余韻を生かした叙情的なベースソロを聴かせる。

 涼しげなテーマが味なM-4では、またも前半でペンマンがソロを取る。引き継いだマーク・ターナーのサックスは、静的なスタイルの彼にしては意外にダイナミックだ。テナーとギターが繰り出すテーマのよさが際立つ佳作である。

 続くM-6も、ダークな本作にしてはテーマがメロディアスだ。中盤でシェピックが屈折したわびさび系のギターソロを弾く。好みがハッキリ分かれるギタリストだと思うが、彼のリーダー作がとても聴いてみたくなった。後半もテナーとギターが連動し、テーマを繰り返し強調してエンディングに行く。

 M-9は何かを訴えるようなテナーのリフレインで始まる。不安を煽り、急き立てるようなリズムの曲だ。ブラッド・シェピックのギターソロは、わかりやすくカタルシスをもたらすようなありきたりの演奏ではない。どこまでストイックに自分を抑え切れるか? で聴かせる珍しいタイプだ。バッキングもよく、マーク・ターナーと協力してモノトーンの色彩感をあたりに散りばめている。

 M-10はそのターナーを起用した理由がよくわかる曲だ。奇妙に明るいメロディーに乗り、ひょうひょうと踊るサックスが楽しめる。ベースラインは休符の使い方がいかにもマット・ペンマンらしい。彼の弾くベースがこの曲の浮遊感を決定付けている。

 さて締めのM-11にハービー・ハンコックの名作「The Sorcerer」を持ってきたあたり、このアルバムは60年代マイルスの硬質で禁欲的な世界を意識した作品だぞ、てなことなのかもしれない。はてさて。

わかる人にしかわからない世界もあっていい

 最後に断っておくが、本作には「伸びやかな明るさ」だの、「はじけるような楽しさ」なんていうわかりやすい要素はまったくない。ドライに乾いた無機的な音だ。掴もうとしても指の間からサラサラと流れ落ちてしまう、掴みどころのない砂のようなアルバムである。指でぎゅっと感触を確かめたいが、するりと逃げてそうさせてくれない。

 すなわち聴く人を選ぶ音楽であり、「キャッチー」などという言葉とはまるで対極にある音だ。ものすごく辛口の酒を客に出し、「どうだ、あんた。飲めないだろう?」というような作品である。

 きっとヨッケン・リュッカートは、「売れよう」とか「メジャーになろう」なんてカケラも考えてないのだろう。そういう生き方に強く共感を覚える。

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

プロフィール

松岡美樹

Author:松岡美樹
予定調和じゃない最近のJAZZが好物です。

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