Jaleel Shaw / Soundtrack of Things to Come

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Jaleel Shaw (as, ss)
Lawrence Fields (p)
Boris Kozlov (b)
Johnathan Blake (ds)

Rec. December 28-29, 2011, at Systems Two Recording Studios, NY
Engineer: Joe Marciano (Changu Records CR002)

濃厚なブラック・フィーリングを浴びる

 ブラック・フィーリングあふれるコンテンポラリー・ジャズだ。濃厚にうねるモーダルなM-1を聴いただけで思わずノックアウトされそうになる。若手アルト奏者、ジャリール・ショウが今年3月にリリースしたばかりの最新サード・アルバムである。トータル志向の彼らしく、全10曲すべて自身によるオリジナルだ。

 前作 「Optimism」 ではアンビエントやミニマルミュージックの要素を入れ、「いろいろやってみました」 的な多彩さを見せた。そこが逆に聴く人を選んだが、本作はよりまっすぐジャズ寄りに仕立てられている。この剛球一直線ぶりなら前作で腰が引けた人も入りやすいだろう。

 楽曲のバリエーションも豊富で、同じことを二度やらないショウの才能が発揮されている。例えばM-2ではベースのリフをうまく使いアルバムにアクセントをつけているが、同じパターンは出てこない。ただ大人しいだけで退屈なバラードのM-3や、M-10では静かな前半部分を5分以上も引っ張り、なかなか山場に行かないなど凝り過ぎなアレンジに一部疑問もあるが、総体としてはかなり高水準をマークしている。

 メンバーは、まずピアノにローレンス・フィールズ。彼はバークリー音大に入学し、二学期で同校のジェームズ・ウィリアムズ賞を受賞した初の若手ビアニストだ。今年6月には渡辺貞夫カルテットの一員として、中村恭士 (b)、グレッグ・ハッチンソン (ds) らとともにニューヨークで開かれたブルーノート・ジャズフェスティバルに出演している。

 一方、ベースはアレックス・シピアギン (tp) との共演で知られる業師、ボリス・コズロフ。ドラムスは、ショウのファースト盤やセカンド作にも参加しているジョナサン・ブレイクである。

 キラーチューンは冒頭でも触れたM-1のほか、明るいメロディの静かな幕開けから次第に激しく盛り上がるM-4、のたうつ前半のリズムがおもしろいM-6、疾走感のあるスタイリッシュな4ビートのM-8、ソプラノ・サックスが涼やかなM-9あたりだ。

 プレイヤー別でみると、本盤はローレンス・フィールズというピアニストを世界が発見した作品になるだろう。抑えた調子になってから始まるM-1のピアノ・ソロは猛烈にかっこいいし、M-6とM-8のモーダルなソロもすばらしい。ともすれば渋すぎるM-7に輝きを与えているのも、中盤で繰り出される彼の秀逸なソロ・プレイである。

 そして最後になんといっても光るのはジョナサン・ブレイクのドラミングだ。ショウの初リーダー作では力まかせなパワーヒッター的な印象だったが、その後の進歩が目覚しい。M-1やM-8のぶっちぎりなソロ的プレイはわかりやすいが、ほかにも例えばM-2ではベースのリフに反応し絡んで行くドラミングが絶妙だ。楽曲に表情をつけるのがすごくうまい。彼のクリエイティヴなプレイにより、それぞれの楽曲に異なる目鼻がくっきり入り、曲のもつ個性がひときわ際立っている。

 実は本作を半分ほど聴いたあたりで、ブレイクのリーダー盤 「The Eleventh Hour」 (2012年、レヴュー記事はこちら) を思い出した。この2枚は明らかにR&Bやゴスペル、ファンクなどブラック・ミュージックを通過してきた黒人ミュージシャンでなければ作れない作品であり、彼らの間から次なる新しいジャズが生まれてくるのかもしれない、という可能性を強く感じた。

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『Jaleel Shaw / Perspective』

『Jaleel Shaw / Optimism』
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ジャズの聴き方は2通りある

 ジャズの聴き方は大雑把にいって、2通りある。ひとつはプレイヤー個人の演奏を重視する聴き方。そしてもうひとつは楽曲の良し悪しを重んじる聴き方だ。

 前者は 「個人技こそジャズの醍醐味だ」 という価値観だから、必然的にプレイヤーのソロやインタープレイに耳をそばだてる。するとどちらかといえば、「このアルバムは似たり寄ったりの曲が多いぞ」 とか、「このアルバムは楽曲がつまらないな」 などという聴き方にはならない。

 一方、後者は曲のデキにこだわり、楽曲がよければそのアルバムは作品性が高いと評価する。すると当然、「その盤はオリジナル曲の比率が高いかどうか?」 が大きなポイントになる。

 またこのタイプはソロの出来不出来より、むしろ楽曲の構成 (作曲法) を見ながら、どちらかといえばバンド全体のアンサンブルを注意して聴く。この場合、そのアルバムにいくらすばらしい個人のソロやインタープレイがあったとしても、まず大前提として楽曲がよくなければそのアルバムを良いとは認識しない。

 ちなみにこれは 「どっちがいい悪い」 とか 、「どっちが正しい / まちがっている」 という問題じゃない。単なる価値観のちがいである。そしてこの価値判断の差異は、当然レヴューの書き方にも表れる。つまり個々人のレヴューは、かなりちがった切り口になる。

 とすれば他人のレヴューにいくら 「このアルバムは出来がいい」 と書いてあっても、それをそのまま鵜呑みにはできない。なぜなら前述の通り、人によってチェックポイントがまったくちがうからだ。

 となれば他人のレヴューをうまく読み分け、自分のCD購入の参考にするには、まずそのレヴュアーは自分と同じ価値観かどうか? をあらかじめ把握しておくことだ。(これはその人のレヴュー記事を何本か読んでいるうちに自然とわかる)

 そして自分と同じ価値観を持つレヴュアーが 「このアルバムはいい」 と書いてあれば、買う。逆に自分と正反対の価値観を持つレヴュアーが 「このアルバムはいい」 と書いてあったら、買わない。

 この方法でムダのないCDの買い方ができるはずだ。

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ジャンル : 音楽

Alex Sipiagin / From Reality & Back

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Alex Sipiagin (tp)
Seamus Blake (ts)
Gonzalo Rubalcaba (p, el-p)
Dave Holland (b)
Antonio Sanchez (ds, Per)

Rec. February, 2013, at Systems Two Recording Studios, NY
Engineer: Mike Marciano (5Passion 040232013645)

プロの職人が作った秀作でも凡作でもない 「ふつうの作品」

 ひとことで言って単調なアルバムだ。同じようなテンポ、同じようなノリ、同じようなメロディーの楽曲が続き、全体がなんとなく終わってしまう。1曲だけ聴けば 「すごくいい」 と感じるが、アルバムを通して聴くと1曲1曲に思わず目を見開かされるようなサムシングがない。といってデキが悪いわけでもなく、さりとて特段優れているわけでもない。いわばプロの職人がノウハウを駆使し、表面的に拍子を変えながら平均点を目ざして作った 「ふつうの作品」 といった印象である。

 主役のアレックス・シピアギン (tp) が、この最新作でそろえたメンバーは豪華そのものだ。ベースにはあのデイヴ・ホランドを招き、シーマス・プレイク (ts)、ゴンサロ・ルバルカバ (p, el-p)、アントニオ・サンチェス (ds, Per) らスターが勢揃いした。加えてエンジニアは名手、マイケル・マルシアーノという必勝パターンである。

 だが満を持して起用したはずの巨匠ホランドが (もちろん狙ってやっているのだろうが) 同じフレーズの繰り返しばかりで曲を組み立てており、楽曲をすっかり単調なものにしてしまっている。

 ベースのリフは耳につくためインパクトが強い。うまく使えば曲にトンガった味付けができる。だが本作のようにアルバム全編似たようなリフだらけでは、かえって逆効果だ。作品の個性が死に、アルバム全体がのっぺり無表情になってしまう。

 そのため冒頭のテーマが終わり、ソロ・パートに入るともうどれも同じ曲に聴こえる。バラードと、そうでないものくらいの区別しかつかない。いや別にメロディがキャッチーかどうか? みたいな次元の話じゃなく、本当に曲の識別がむずかしい。

 反対にリフを使わず、漂うような気だるいムードのM-3やM-7は、トランペッターのジェレミー・ペルトが最近やっていたような60年代マイルス風で非常にいい。ところがM-1やM-4、M-5、M-6のようにベースの繰り返しでしつこく展開するとたちまち同じような感じになり、楽曲が色あせてしまう。

 もちろんホランドのせいばかりじゃない。コンポジション的にも同じことがいえる。曲に統一感があるといえば聴こえはいいが、裏を返せば変化に乏しい。拍子は違っていてもテイストが同じだ。コンポーザーとしてはシピアギンは、飛び抜けているわけではないがコンスタントに水準点のものを作れる職人ゲイリー・バートンに近いものを感じる。

 さて楽曲のほうはこんなふうだ。では大物プレイヤーたちの個人技はどうだろうか?

 出番たっぷりの主役シピアギンはさて置くとしても、相方のシーマス・プレイクには驚くほど存在感がない。またホランドは前述の通りだ。M-2の唸るようなベースラインは魅力的だが、M-5とM-8のベース・ソロはどうもパッとしない。かたやアントニオ・サンチェスはずっしり重いリズムキープに加え、M-1とM-4終盤ではソロ的な白熱の技巧派プレイを見せている。だがコンポジション的にはドラマーがあの 「アントニオ・サンチェス」 である必然性は特別感じられない。

 そんななか、気を吐いているのはルバルカバだ。M-2とM-3、M-4、M-5、M-8で聴ける彼のピアノ・ソロには本当にぞくぞくさせられる。取ってつけたようなラテン風味などカケラもないモーダルな演奏だ。それだけでなくバッキング時のコードワークもすばらしい。本作で初めて彼のプレイを聴き、今後ルバルカバのフォロワーになるジャズ・ファンも多いのではないだろうか?

 とはいえ繰り返しになるが、本作は決して悪いデキではない。飛び切り多作なシピアギン作品の中では 「ワン・オブ・ゼム」 であるだけだ。

 たとえば前々回リリースした傑作 「Overlooking Moments」 (2013年、レヴュー記事はこちら) のようにピンと張り詰めた緊張感があるわけではない。また秀作 「Generations - Dedicated to Woody Shaw」 (2010) ほど耳に残る際立った個性もない。粗製濫造とまではいかないが、鳥肌が立つような突き抜けた感じが伝わってこない。いってみれば高性能でよく走るエンジンだけど、「走ることの味わい」 がない、みたいな感じだ。

 シピアギンはアルバムをリリースするサイクルがちょっと短すぎるのではないか。 「どうだい? アレックス。少し時間を置き、アイデアを寝かせてから作品を発表しては?」 などと彼に言うのは失礼に当たるだろうか。

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Linda Oh / Sun Pictures

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Ben Wendel (ts)
James Muller (g)
Linda Oh (b)
Ted Poor (ds)

Rec. November 12, 2012, at WKCR, Columbia University, NY
Engineer: Desmond White, Sam Engle, Rachel Cantrell, Leena Mahan, Dylan Kario and Kevin Crowley (Green Leaf GRECD1032)

テッド・プア参加、えぐり取るように先鋭的な夢魔の音

 ミニスカはいたセクシーな女の子に吹けもしないサックスを持たせ、プロ・デビューさせたりしてるのを見るとまったくゲンナリする。女性であることを売り物にする、悪しき商業主義の典型だ。

 だがこのリンダ・オーはまったくちがう。もう初めて聴いた瞬間から、その作曲能力と演奏力にカンペキ脳天カチ割られている。本盤はそんな彼女がリリースしたばかりの最新サード・アルバムである。

 リンダはマレーシア出身でニューヨーク在住の女性ベーシスト。2010年にアンブローズ・アーキンムシーレ(tp)、オベド・カルヴェール(ds)とのトリオ作 「Entry」 で鮮烈デビューし、2012年には2作目の 「Initial Here」 をリリースしている。

 本盤にはピリピリした緊張感とクールな寂寥感がぎっしり詰まっている。いい意味で無機的だが、味気ない音ではない。衣の下に鎧を隠しながら、淡々と無表情を装うような演奏だ。いかにもNYコンテンポラリー、2013年現在のジャズという感じである。

 メンバーは4人だが、不思議に音のない空間が際立つ。その何もない空間が彼らにきわめてシリアスな印象を与えている。ハガネのように硬質でシャープ、えぐり取るように先鋭的。だが自分たちだけが気持ちいいマスターベーションに終わらず、きわどいところで商業作品として成立している。そんな尖った妖気にドキドキさせられる。

 カギを握るのはズバリ、ギターの響きだ。オーストラリア出身のギタリスト、ジェームス・ミューラー (1974年生まれ) が爪弾くコードの余韻がスーッと尾を引き、あたりの空気をまったく異質なものに変えている (特にM-1のゾクゾクするような導入部を聴いてほしい)。

 本作は 「アヴァンギャルド」 というところまでは逆立ちしていないが、明らかに 「ポップ」 とは対極にある。そんな正気と狂気の境い目を綱渡りしているような危うさがスリリングだ。

 熱く躍動する古風なジャズが好みの人にはおすすめしないが、ひんやりした温度感と張りつめたテンションに痺れたい人にはもろ鉄板です、ハイ。

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Francesco Cataldo / Spaces

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Francesco Cataldo (g)
David Binney (as, ss)
Salvatore Bonafede (p)
Scott Colley (b)
Clarence Penn (ds)
Erik Friedlander (cello on 7)

Rec. September, 2012, at Sear Sound, NY
Engineer: Chris Allen (Alfa Music AFMCD160)

どんより曇ったヨーロッパの空気感

 よくいえば叙情的だが、全体に重苦しい雰囲気が立ち込めている。息の詰まるようなアルバムだ。イタリア人ギタリスト、フランチェスコ・カタルドの最新セカンド・リーダー作である。

 NYのコンテンポラリー系ジャズもヘビーなものが多いが、本作にはそれとはまったく異質な重々しさがある。長い暗黒の歴史を抱え、寒くどんより曇ったヨーロッパの空気感がアルバム全体を支配している。

 主役のカタルドが弾くギターは歪んだ音色がジョン・スコに近いが、音楽的なバックボーンはまるで違う感じだ。ジョン・スコの根っ子にはR&Bやスワンブがあるが、この人はどうやらクラシックである。

 メンバーは豪華そのもの。NY先鋭派のデヴィッド・ビニー (as, ss) に加え、CAM JAZZ作品で知られるサルヴァトーレ・ボナフェデ (p) が参加した。リズム隊もスコット・コリー (b) とクラレンス・ペン (ds) という豪華版である。クールなビニーはいつも通り、淡々と仕事をしている。一方、コリーのベースは相変わらずスッ軽いが、ペンのドラミングは非常にいい。

 さて楽曲別に見ると演奏は全体になかなかだが、コンポジションに疑問がある。まず前半が異常に退屈なM-1はリズム隊が入ってよくなるが、楽曲の構成が尻切れトンボだ。えっ? もう終わりなの? みたいな唐突感がある。M-10やM-11、M-13のエンディングもまったく同じだ。

 曲の締めを除けばM-10、M-11あたりはまずまずだが、M-9のアコギの独奏なんぞはひたすら退屈なだけ。チェロ入りのM-7は思わずクラシックかと錯覚した。まあヨーロッパっぽいといえばその通りだが、こういうのはクラシックのアルバムでやってくださいよ、って感じ。

 商売とはいえ、メンツの売りだけでこういうのを仕入れてたらディスク・ユニオンは信用なくすよ、まじめな話。

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Antonio Farao / Evan

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Antonio Farao (p)
Ira Coleman (b)
Jack DeJohnette (ds)
Joe Lovano (ts, ss)
Judi Silvano (vo on 2,5)

Rec. March 2013, at Clubhouse studios, NY
Engineer: Paul Antonell (P-Vine PCD93744)

アウトするピアノの緊張感に酔う

 アルバム前半は「静」、後半は「動」という構成だが、どちらもなかなか味わい深い。2つの顔をもつイタリア人ピアニスト、アントニオ・ファラオの最新アルバムである。

 ファラオのピアノは、容赦なくアウトしまくるテンションの高さで聴かせる。かたやバラードになれば、これまたフレージングがすごく美しい。

 一方、ジョー・ロヴァーノ (ts,ss) もゾクゾクものの 「うねうねプレイ」 を見せつける。日本では、ロヴァーノのよさがわからない人が多いらしいが不思議でならない。わかりやすく爆発するわけじゃないが、この奇妙な侘び寂び感にあふれるブロウにはまったく痺れる。

 目玉のジャック・ディジョネット (ds) は前半は抑え気味だが、後半になるとビンビン行く。ベースのアイラ・コールマンは地味ながらボトムを支える渋いプレイに徹している。

 オリジナル7曲、その他2曲の計9曲。M-1は妖しいベースのリフに乗り、いきなりロヴァーノがくねくねとのたうつ。続くファラオのピアノソロも素敵な緊張感にあふれている。M-4とM-5、M-6は美しいバラードだ。こんないいメロディが書けるのに、なぜ楽曲にヴォイスを入れるなんて小細工をするのか理解しがたい。とはいえこのアルバム、トータルでいえば今年のベスト○に入れてもおかしくないデキだ。

 録音も非常によく、解像感が高い。各楽器の音像がエネルギッシュに前へ出て、それぞれがきれいに分離し立体感がある。これくらいの音質で聴ければジャズも楽しい。

 ファラオは1965年イタリア・ローマ生まれ。1991年にリーダーアルバム 「ヴィアッジオ・イグノート」 でデビューした。幼い頃からクラシック・ピアノに親しんだが、14才の時にジャズ・クラブに飛び入りしてピアノを弾きまくり、イタリア・ジャズ界の大御所たちのド肝を抜いたという伝説を残している。

 その後ミラノのヴェルディ音楽院を卒業し、母国イタリアで1987年に第11回ミュジカル・レヴュー新人賞を獲得、1991年には最優秀ピアニスト賞を受賞した。また1998 年にはヨーロッパで最も権威あるジャズ賞のひとつ、パリ市主催の 「マーシャル・ソラール賞」 を受賞している。ヨーロッパの顔役だ。

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Author:松岡美樹
予定調和じゃない最近のJAZZが好物です。

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