スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Brad Mehldau Trio / Ode

bm_o

Brad Mehldau (p)
Larry Grenadier (b)
Jeff Ballard (ds)

Rec. November 17, 2008 & April 19, 2011, at Avatar Studios, NY
Engineer: James Farber (Nonesuch 7559-79628-4)

ブラッド・メルドーと神の終わり

 泣く子も黙るブラッド・メルドー・トリオの最新作である。だがそこにはリスナーを戦慄させ、畏怖の念すら覚えさせた、あのメルドーという名の神はいない。ブラッド・メルドー「のような何か」があるだけだ。

 ひとことでいえば、ルーティン・ワークにいそしむ60代の老人たちのような演奏である。

 方向性としては明快で、単純に「Day Is Dane」 (2005年録音) 、「Live」 (2006年録音) の延長線上にある音だ。だが決してあれらのアルバムを上回るデキではない。(というか、あれらのアルバム自体、その前時代のような革新性や新規性はない)

 本作にはあの「Places」 (2000年録音) や、「House on the Hill」 (2002年10月に「Anything Goes」と同時録音) のように、「おや、ここには何か得体の知れないストーリーが隠されているようだぞ」と思わせるような、底知れなさはまったくない。あの頃のように時代を切り開き、何か新しいものを創造しようとしていたエネルギーはみじんも感じられない。メルドーという一定の方法論にのっとり、拡大再生産したただの楽曲群がころがっているだけだ。

 本作には「おお、ここ、いかにもメルドーっぽいな」と思わせる瞬間が数多くある。逆に言えばどれも、過去にメルドーの諸作で聴いたことのあるメルドー節だ。天才メルドーには明らかな手クセなんて2つくらいしかなかったと思うが、本作は手クセと思われるフレーズや聴いたことのある導入部、サビ、コード進行の連発だ。それらはあたかも本作がメルドーのパロディー集であるかのように何度も繰り出されてくる。拡大再生産とはそういう意味だ。

 私は別に、ギミックたっぷりで目新しい奇抜なものを求めているわけではない。拡大再生産として本作を見ても、その雛形になった原型(過去の諸作)を上回るものでは明らかにない、ということだ。これはいわば抜け殻であり、結局は黄金時代を共有したロッシと袂を分かったことが「終わりの始まり」だったのか、という気がする。

 これがそのへんのバンドなら、「なかなかのもんだね」ぐらいには褒められるのだろう。だがこれはそのへんのバンドではない。ブラッド・メルドー・トリオなのだ。リスナーには当然、「今度はどう驚かしてくれるのか?」という過大な期待がある。そのプレッシャーをことごとく跳ね返し、期待通りか、あるいはそれ以上に毎回リスナーの腰を抜かせ続けなければならないのだ。

 考えてみれば、「ブラッド・メルドーという仕事」は大変である。

 かつて私はメルドーを熱心に追いかける「メルダー」だった。90年代以降の新しいジャズを聴き始めたのも、メルドーに出会ったのがきっかけ(別頁あり)だった。

 だが「Highway Rider」 (2010) を店頭で全曲試聴して以降、その「Highway Rider」を含めて以後メルドーの作品はすべて完全スルーしてきた。「もう終わった」と思ったからだ。(おまえは 「Largo」 (2002) を知らないのか? などといわないでほしい。そういう問題じゃないのだ)。

 そして本作を聴くという作業は、結局その「終わりの確認」でしかなかった。

 そのうち彼らはキース・ジャレットの「年金トリオ」みたいになって行くのだろうか。メルドー・トリオという金看板があれば、「スタンダーズ・トリオ」と同じで一生食いっぱぐれなんてないだろうし、それもまたひとつの人生だろう。だれにもそういう生き方を批判する権利なんかない。

 最後に気になるのは、なぜ録音が2008年11月17日と、2011年4月19日の2回に分断されて行われたのか? ということだ。それが気になる。おそらく何かトラブルがあったのではないか? 2008年に録音した後いったんトリオが空中分解しかけ、その後なんとか持ち直して2011年に追加録音した上で形だけ整えた、とか何とか。そうすればこの抜け殻ぶりにも合点が行く。

 一応、各曲の印象も書き残しておこう。

【M-1】

 冒頭を一聴し、「そう、これ、あのメルドーっぽい」と思わせる感触のナンバー。だが逆にいえばメルドーの手クセを切り張りしたかのような曲だ。ベースラインは前出「Live」の M-1 の変形のようなリフ。断片をうすく引き伸ばしたような曲だ。というより、曲ではなく断片の引き伸ばし、か。

【M-2】

 ロマンチックなメロディー。随所にメルドー香が漂う。これは文句なく美しい。

【M-3】

 メルドーっぽい断片のただの繰り返し。ときどき「House on the Hill」の破片が顔を出す。どこかの大学の軽音楽部の子が3人集まり、その場でテープを回しました、みたいな感じ。

【M-4】

 メロディアスではあるが、コード進行はありがちなパターンだ。ミュージシャンの間で「黄金パターン」と呼ばれるコード進行である。すなわち「この進行通りにコードを組み立てれば必ずかっこよくなる」というマニュアルにのっとった曲だ。メルドーなら、足で弾いてもこの程度はできるのだろう。

【M-5】

 ブルースっぽいナンバー。M-1やM-3とちがい起承転結がある。ただしこの曲はキーさえ決めれば5分でできる曲だ。

【M-6】

 またもよくあるコード進行。この曲あたりから、印象をメモる気が失せてきた。この楽曲と同じく気持ちがフェイドアウトしそうだ。

【M-7】

 このベースラインを聴いているうち、なにか物悲しいこっけい感を覚えてきた。これがあの、私の前に超然として聳え立っていたラリー・グレナディアなのだろうか?

【M-8】 パターンナリズムの極致。ノーコメント。

【M-9】 数合わせの捨て曲。時間のムダ。

【M-10】

 冒頭を一聴し、「そう、この感じ。これ、メルドーっぽい」という懐かしい感情がわく。M-1の頭を聴いたときと同じ感じだ。だが逆に言えばこれはメルドーの手クセの集積であり、拡大再生産にすぎない……と思ったらすぐ終わった。

【M-11】 本作ではいちばん楽曲らしいか? メルドー節が聴ける。


(追記)

 本作は前々回で辛めに採点した「Introducing Joe Sanders」 (別頁あり)と同じく、メルドーを知らないふつうの人がふつうに聴いたらふつうに楽しめるアルバムだ。あるいはメルドーの作品なら何でもいい恋は盲目なファンが、メルドーの名場面集として聴くにも楽しい。偏屈者の戯言は話半分で聞いておいてほしい。

【関連記事】

「天才に賞味期限はあるか? -ブラッド・メルドーの軌跡」
スポンサーサイト

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Comment

同感です。

こんにちわ

私も昨日届いた本作品を聴いて、あらら・・・と思った口です。

曲はほとんど同じような感じだし、何かを伝えたい、
新しいものを生み出そうという気持ちも皆無。
「手くせ」と書いてらっしゃいますが、「手遊び」に近いです。
ひらひら、ちゃんちゃん、と言う感じ。

個人的にはワーナー時代のヴァンガードライブあたりが頂点だった
ように思います。
でも、新作が出るとつい聴いてしまうんですよね。

失礼しました。

「The Art of the Trio」までで終わった、との説ですね?

こんにちは。コメントありがとうございます。

>個人的にはワーナー時代のヴァンガードライブあたりが頂点だった
>ように思います。

なるほどご主旨は、「The Art of the Trio」の諸作まででメルドーは終わった、という説ですね? アマゾンのレヴューあたりを見ていると、割にオーソドックスな本格派のジャズファンはその説を唱えている方もおられますね。おっしゃる通り、そういう見方もあると思います。

ただライブ盤に関しては、ヴァンガードの先に出た2枚のライブは、私はうるさくてとても聴いていられませんでした(^^; いかにもメルドーな「若気の至りが爆発」という感じで、彼はライブになると「抑えて弾く」というのがまったくできなくなるな、という印象でした。個人的には、ライブに関しては唯一、The Art of the Trio V の 「Progression」 (2001)のみ は大傑作だと思いますが。

もっとも「抑えて弾けない」のはスタジオ盤でもリーダー作では割にそうですが、ただライブ盤ほどはひどくないので……。この「抑えて弾けない」ところが受け入れられず、そのため「メルドーはリーダー作よりサイド参加作のほうがいい」という方もいらっしゃいますね。

おぉ。。

Grass-hopperさま、、

厳しいご意見ですね。
ファンであったからこそではなのでしょうね。
神の終わりかぁ。。
デビュー当時は無機的で、どうもだめだったんですが、、
最近は、お互いに(笑)、ちょっとづつ近づいていました。

最近、古い録音のリリース多くて不思議。
その瞬間は、永遠って、リスナーが決めることで演奏者は自分の今をリリースして欲しいなぁ。。
これだけは、、理解しがたい。

かなり手厳しいですねぇ。

こんにちは。この手厳しい論調を拝見して,なるほどなぁと思いつつ,そこまでひどい作品かなぁと思っておりました。

まぁ,音楽なんて受け取り方は人それぞれですし,何を期待するかによっても違いがあるのは当然ですから,こうした論調の方がいらっしゃってもそれは不思議なことではないと思います。私の場合はMehldauの追っ掛けですが,彼の楽歴にはダメだなぁと思う作品は確実に存在します。そんな中では今回の作品は渇望感を埋めるという意味ではよかったですし,私は評価できると思っていますが...。Grass_hopperさんのおっしゃる点については7月のライブで実態を把握したいと思います。

すずっくさん、こんにちは。

>厳しいご意見ですね。ファンであったからこそではなのでしょうね。

はい。かなりハードルが高くなります(笑)。

>デビュー当時は無機的で、どうもだめだったんですが、、
>最近は、お互いに(笑)、ちょっとづつ近づいていました。

おっしゃる通り、アルバムを追うごとに、確実に聴きやすくなっていますね。このへんも賛否が分かれるところでしょう。「ポップになった。気に入った」という人もいれば、「こんなのはジャズじゃない。単なるポップスだ」という人がいたり、「最近の作品には芸術性や革新性が失われた」という人がいたり。

とかくメルドーはいろんな賛否の割れ方をする人で、保守的で旧弊なジャズ評論家は「あんなのはジャズじゃない」と言ったり(私はこんな意見には全く賛成できませんが)。メルドーはとにかく賛否が分かれるポイントがいくつもあり、常に議論を呼び起こす感じですね。要するに聴き手がどこに価値を置いているのかによって、百通りの賛辞と百通りの批判が巻き起こる、みたいな。

逆に言えばそれだけ彼には新規性があり、革新的であったことの証左でしょう。その新規性や革新性について行けない保守的な人が批判する、あるいは逆にその新規性や革新性が最近作では失われたことを批判する人もいる、というような感じでしょうか。いずれにしろ、アルバムに何か変化があるそのたびに議論が巻き起こるというのは、ひとことでいえばそれは「すごい人だ」ということでしょう。

中年音楽狂さん、こんにちは。

私は相手がメルドーとなると思いっ切りハードル上がりますからねえ(笑)

いやそれはさておき。

実はこのレヴューを書くにあたり、デビュー作の「Introducing Brad Mehldau」から順に、歴代の諸作をならべて繰り返し何度も聴き直しました。

するとデビュー作のあまりのレベルの高さには驚嘆しましたし(特にリズム隊がグレナディア/ロッシ組のM-1~5は、2012年現在に「新作です」と言ってリリースしても古びてない)、また「Places」と「House on the Hill」の奥深い作品性や高い芸術性にもあらためて慄然としました。それに対して今回の新作は、というお話です。

もうひとつ、こちらも記事中に書きましたが、これがメルドーの新作でなく、例えばケヴィン・ヘイズの新作だったとしたら、「エンターテインメントとしてはなかなか楽しめるね」ぐらいで終わる話だと思います。でもこれは90年代以降のジャズに革命を起こしたあのメルドーの新作ですからね。ハードルは上がって当然だと思います。

実はその後、今回の件についてあれこれ思考をまだ続けておりまして、内容がまとまれば新しく記事にしようと考えております。7月のライブ、楽しみですね。

厳しいですね。でも、、、

Grass_hopper 様
こんばんは。厳しさたっぷりで読み応えありました。
ちょっと驚きましたが、私も過去の盤で似たような印象を持ったことがあります。
本当にちょっとしたズレなんですが、まるで印象が悪くなってしまう。
良く分からないちょっとした違いで、今回は私にとってOKだったという感じです。
ちなみにデビュー作とHouse on the Hillの件なんかはとても共感します。
ではでは、トラバさせて頂きます。

聴きやすいポップミュージック

ki-maさん、こんにちは。

トラバ、来てないようですね(FC2ブログはどうもTBのトラブルが多いようです)。
なので、こちらから読みにうかがいました。以下、御記事の引用です。

>今までと何が違うのか。聴いていてストレスがない。
>無駄なフレーズを感じないし、弾き倒していても弾き過ぎだと感じないし、

すずっくさんも近いことをお書きになっていましたが、確かに本作は聴きやすいですね(演奏に緊張感はありますが)。ベラベラ弾いてる感じもなく、音数もそう多くはないです。その意味ではひょっとしたらメルドーは、今回は肩の力を抜き、思い切りリラックスして作ったのかもしれませんね。

で、私にはそこが、/ 抜け殻 / ルーティン・ワーク / 60代の老人のような演奏 / 単なる拡大再生産 / と聴こえたのかもしれません(記事中にも書きました通り)。あるいは逆に、このアルバムは本当に単なるルーティーン・ワークの結果であり、その音が結果として、「抜け殻」と感じさせたのかもしれません。逆がいずれも真になるあたり、音楽っておもしろいですね。こういう議論を巻き起こす、メルドーという現象は興味深いです。

まとめますと、メルドーが90年代以降次々に生み出してきたような、ジャズを変える革新性とか、身が凍りつくような作品性・芸術性みたいなものを求めなければ、本作はふつうに楽しめるポップ・ミュージックだと思います。(「ポップ・ミュージック」という言葉は、ネガティブな意味で書いているのではありませんので誤解なさらないで下さいね)

いいアルバムなんですが...

絶対的な評価としては高めなんですが、私もコメントを書くにあたり、心配点ばかり出てきてしまってます。今回、オリジナルばかりというのは冒険だったですが、果たしてそれで良かったのか、と思うところと、こっちに行くとそろそろメンバーチェンジかな、と思うところとです。まあ、それはトリオの次回作(何年先になるか)ではっきりすることなので、それはまた待ちたいとは思うのですが。


当方のブログアドレスは下記の通りです。
http://jazz.txt-nifty.com/kudojazz/2012/04/odebrad-mehldau.html

910さん、こんにちは

コメント& URLありがとうございます。

まあ音楽ですから最終的には好みの問題なので、
人それぞれ意見が分かれるのも当然でしょうね。

私は3人個々の演奏も食い足りなかったですし、
楽曲的にもそうでした。
トータルとしてメルドーっぽい雰囲気だけがそこにある、
みたいな感じでしたね。

こちらからもTBさせていただきます

なかなか手厳しいレビューですが、私もほぼ同意見です。
さすがに抜け殻とまでは思いませんでしたが、このメンバーでのトリオとしての限界は感じました。
メルドーの才能にも限りがあるので、後は同じぐらいの才能を持っている人たちと組んで、トリオとしての魅力をさらに昇華させていくしか方法はないような気がします。

最低保証・70点の作品ですね

naryさん、こんばんは。
トラバとコメント、ありがとうございます。

プロはたまたま調子が悪かったり、インスピレーションが湧かなかったりしても、
蓄積したノウハウと技術で最低70点の作品は常に作れるもの、それがプロである、
と思いますが、その意味で本作は最低保証・70点の作品だなと感じました。

3人のインタープレイという意味ではまったく物足りませんし、
楽曲的にも、コードとリズムパターンをひとつ決めてあとは繰り返し、
みたいな安易なパターンが目に付き、「これならすぐ作れるなぁ」と感じました。

制作者側は、「この曲には○○という意味が込められている」的な喧伝をしていますが、
少なくとも音を聴く限り、ストーリー性などまったく感じられませんし、
そのようなインスピレーションも湧きません。
メルドーの過去のいくつかの傑作とくらべ、平凡でした。
もちろん相手がメルドーだけに、懲りずに次も期待しているのですが。
非公開コメント

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Ode / Brad Mehldau Trio

春というのに、いつまでも寒い。。 春が来ないことはないのだけど、、ちょっと、気持

Brad Mehldau Trio / Ode

Mehldauのスタジオ盤が好きです。 そしてオリジナルもまた大好きです。 更に当然トリオとなれば最高です。 それを踏まえた上で「M.B.」とやらからスタートです。 どうなんでしょう、こ

Brad Mehldau Trio / Ode

Brad Mehldau(P) Larry Grenadier(B) Jeff Ballard(Ds) Rec. November 17, 2008(Track 1,2,4,5,6,7,9,11), April 19, 2011(Track 3,8,10) (Noneshch 529689) 「Brad Mehldau/Highway Rider(10年)...
プロフィール

松岡美樹

Author:松岡美樹
予定調和じゃない最近のJAZZが好物です。

最新記事
カテゴリ
ブログ内検索
全記事一覧・表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。