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​Peter Bernstein / Let Loose

peter_B.jpeg

Peter Bernstein (g)
Gerald Clayton (p)
Doug Weiss (b)
Bill Stewart (ds)

Recorded: January 3, 2016 at Sear Sound, NY
Engineer: Chris Allen (Smoke Sessions Records SSR-1604)

オーセンティックであることの誇り

 ピーター・バーンスタインは、ファッションでいえばトラッドだ。変わらないことの価値、変わらないことに対する誇りがある。リスナーにとってはそこに自分の好きな時代や、好きなトレンドがいつまでも存在するという安心感がある。「ピーターのアルバムを買えば必ず『あの味』を味わえる」。そんな信頼感がある。スモーキーな音色と暖かな温度感、哀愁のある味なメロディーー。それらが堪能できるという一種のブランド性がある。だからピーターには価値がある。

 てなわけでピーター・バーンスタインの最新作である。実は本盤に手を出した大きな理由は「ジェラルド・クレイトンのピアノが聴ける」という誘惑だった。だが聴いてるうちにそんな邪道な欲望などみるみるどうでもいい話になり、眼前には燦然として主役のギタープレイがそそり立つことに相成った。

 それにしてもこの荒い岩肌が露出したような、ゴツゴツとしたピッキング感はどうだろう。誤解を恐れずに言えばピーターはどちらかといえばヘタウマにカテゴライズされるギタリストだろう。

 リズムが微妙にたどたどしく、「アリ / なし」でいえばスレスレなのだがそこがいい。譜面では表せない彼のミクロなタメやツッコミにこそ味がある。そんなギタリストだと思う。もちろん純粋な意味でテクニカルなギタリストを挙げていけばキリがないが、決してそこに名前が並ばないところにピーターのよさがあり、味わいがある。

 え? ピーター・バーンスタインは指が速く動かないだろう、って?

 どうも世の中には、「音数が多くて指や手足が速く動くほど技巧的ですごい」みたいに思っている人が多い。だがどうなんだろう。芸術はなんでもそうだが、問題は演奏を聴いたリスナーの脳内に、いかに爪痕を残すか? である。ピッキングが速いことや音数が多いことはそれを達成するための「手段」にすぎない。「目的」ではない。要は聴き手の心を動かせれば手段なんて何だっていいのだ。

 確かに速くて音数が多ければ手っ取り早くインパクトは与えられる。だがピーターのように別の手段を使えば、別種のインパクトを聴き手にもたらすことができる。絵でいえば写実画と抽象画のちがいみたいなもんだ。そう、実は描くことも書くことも詠うことも撮ることも芸術はなんだって同じ。手段が目的化してしまっては意味がない。そういうことなのである。
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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

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松岡美樹

Author:松岡美樹
予定調和じゃない最近のJAZZが好物です。

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